高村光太郎は晩年を花巻で過ごしました。

賢治さんと交流があった、高村光太郎が晩年過ごした高村山荘は花巻の太田地区にあります。

新渡戸稲造は、花巻に多大な功績を残した新渡戸家の子孫にあたります。

萬鉄五郎は、花巻市東和町が生んだ名画伯です。

花巻が生んだ偉人の施設をランキングで紹介します。

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1位 高村山荘

高村光太郎は、晩年交流があった宮沢賢治が育った花巻の宮沢家を頼って、花巻市太田地区に住居を構えました。

光太郎が雪深い冬を7シーズン過ごした高村山荘は、周りを保護され、当時のまま保存されています。

高村山荘

高村光太郎が雪深い花巻の冬を過ごした高村山荘は状態良く保存されています。

時々は、市街に出て、うなぎや蕎麦を楽しみ、地域の人たちと交流しました。

妻・千恵子への思いを天に向かって叫んだとされる展望台、光太郎が筆をとった原稿の石碑も近くにあります。

高村山荘

高村山荘内からは光太郎の生活ぶりが生々しいほど伝わってきます。

春は桜と水芭蕉が高村山荘を彩ってくれます。紅葉シーズンは散策がおすすめです。

花巻市太田高村山荘

2位 高村光太郎記念館

高村光太郎は彫刻家であり、画家であり、翻訳家であり、詩人であり、書道家でありました。

そんな高村光太郎に関する作品、資料が数多く展示されているのが、高村光太郎記念館です。

高村光太郎記念館

高村光太郎記念館はこころ安らぐ緑に囲まれています。

平成27年4月の大々的リニューアルにより、特に彫刻展示品は充実している印象です。

光太郎先生、それにしても当時としてはかなり背が高く、178cmもあったんですね。

高村光太郎記念館

高村光太郎記念館に入ると夫婦でお出迎えです。施設内撮影禁止です。

花巻市太田高村光太郎記念館




3位 萬鉄五郎記念美術館

よろずてつごろうきねんびじゅつかん。

萬鉄五郎記念美術館

萬鉄五郎記念美術館外観です。

花巻市東和町が生んだ名画伯、萬鉄五郎(よろずてつごろう)。

萬は「開運なんでも鑑定団」で何度か作品が取り上げられていて、ターニングポイントが何度かあり、作風も変化、ここでは萬の色々なタッチを見ることができます。

萬鉄五郎記念美術館

萬鉄五郎記念美術館に隣接する八丁土蔵

パンフレットにも使われている「赤い目の自画像」は強烈な印象です。

隣接する八丁土蔵の二階では萬の迫力あるシアターを見ることができます。

花巻市東和町萬鉄五郎記念美術館

4位 花巻新渡戸稲造記念館

五千円札の顔として脚光を浴びた新渡戸稲造(にとべいなぞう)。

世界平和のために尽力、著書「武士道」では日本を世界に紹介し、素晴らしい評価を得ました。

青森県十和田市にも新渡戸記念館がありますが、花巻にも花巻新渡戸稲造記念館が存在します。

花巻新渡戸稲造記念館

花巻新渡戸稲造記念館は宮沢賢治記念館や賢治童話村の近くにあります。

新渡戸稲造記念館が花巻にできた理由は、新渡戸一族が約220年間花巻に移住し、多くの功績を残したこと。子孫である新渡戸稲造の偉業をたたえようということからです。

新渡戸家の功績とゆかりの品々、新渡戸稲造の世界などを紹介する施設となっています。

花巻市高松花巻新渡戸稲造記念館

5位 新渡戸ロード

「新渡戸稲造の心を求めて」新渡戸稲造のルーツである花巻を散策しようというコースが新渡戸ロードです。

新渡戸ロード

花巻市内には新渡戸稲造の功績、国際貢献を示したボードが各所にあります。

新渡戸家のお墓がある雄山寺(愛宕町)から始まり、新渡戸傳屋敷跡、佐藤翁碑、太田屋敷跡、最後は花巻新渡戸創建の地(花巻新渡戸記念館前庭)と続いていきます。

各所解説上部には新渡戸ロードの文字と新渡戸稲造の功績が記されています。